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「いま政治は何をすべきか」



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私(加藤紘一)は2000年2月9日、東京都永田町のキャピトル東急ホテルで開かれた(株)共同通 信社主催のきさらぎ会東京2月例会で講演しました。 題は「新世紀日本の国家ビジョン」。
私は、この中で

(1) 政治家は国民に国家の将来ビジョンを提示しなければならない
(2) 公共事業頼みの景気浮揚はもはや限界
(3) 年金・介護問題で明確なビジョンを提示して、国民を安心させることが急務
(4) 東京都の石原知事が、大手銀行に外形標準課税導入する方針を発表したのは、問題を先送りせず解決に向けた解決策を提示した点で高く評価できる

―――ということを訴えました。

以下、講演の中で関連部分の要旨を掲載します。

 


■ 例年になく静かだった今年の成人式

今年1月、成人式が行われました。今年は10日でしたが。その直後に静岡市長の小島さんの記事がどっかの中央紙に掲載されました。多分、これは共同通信の配信だったじゃないかと思いますが。小島市長は、成人式に集まった若い人たちがわいわいがやがや、来賓の言葉も聞かずに、携帯でしゃべっている。それで非常に頭にきて「去年もこんな状況だった。それぞれの学区、校区を中心に成人式には行儀良くしようねという社会教育やってきたけれども効果が見られない。静岡市では来年から成人式を止めます」と宣言したら、静岡市内の十数件ある呉服商組合から猛烈な抗議を受けた。成人式の時の女の子の晴れ姿というものが呉服商の方々の年間売り上げの2割から3割になるので、死活問題だというわけですね。でも、市長は「私はそんなことにくじけないで頑張る」と言ったという記事がありました。それで、全国の成人式はそんなに賑やかなんだろうなと私は思っていたんです。

その直後に私は我が党の一回生議員の方12名ぐらいと、会食する機会がありまして、その時におかしなことを聞いたんです。曰く、全国で今年の成人式は実に静かで、気持ちが悪かったと。どうも静岡は特別だったようなんですね。去年まで成人式に出向き、地元の代議士さんですと紹介され、壇上でしゃべり始めると、若い人たちはげらげらと笑って、話は聞くわけで全くない、嘲笑の対象だったんだが、今年はし〜んと聞いていたっていうんです。そこで、半分の議員の解釈はやはり去年の反省でそれぞれ成人式に臨む態度を教育した効果が出たものという解釈でしたが、半分の人はあの真剣なまなざしを見ると我々の話を真剣に聞いていたぞと言っていました。二十歳前後の若い男女が我々政治家の話を真剣に聞いたっていうんで、ゾクッと来て肌に粟を生ずるような気持ちだった、というんですね。それは民主主義という意味からは有り難いけれども、しかしそこまで行くとどうも心配だ、と彼らは言うわけです。


■ 若者が国の将来に不安を持つようではだめ

私は、前者が真実なのか後者が真実なのか分かりません。しかし、後者が真実である可能性は充分あると思っています。つまり、政治に必死に関心を持って若い人たちが聞き始めたということだと思います。理由は簡単です。年金と国家財政ではないでしょうか。過去5年、二十歳以降の若い人たちの間にある種のことが始まったんです。国民年金の掛け金を二十歳を過ぎれば、大学生からでも取るようになりました。それが各家庭に区役所、市役所から請求書が行くわけです。1ヵ月分1万3,300円です。うちの長男は2年前に就職しましたが、これを誰が払うかについて母親と激しい論争をしておりました。それから私の末の娘は今二十歳ですけれども、これは全然意に介せず、母親の手元にポンと置いて一顧だにしておりません。つまり、この二十歳前後の人から1ヵ月分1万3,300円を取るという請求が行くわけですから、この国民年金って一体将来どうなるの?週刊誌をみると、まあ見出しだけなんだけど、この年金は返ってこないって書いてあるじゃないか。それをお小遣いが極めて限られている中で、携帯を1ヵ月1万3,300円使えたら、友達とどれだけしゃべれると思うの、という会話がある。特に新聞によると今の国家財政というのは孫のキャッシュカードで一生懸命お金を使っているみたいだって書いてあるじゃないか、と言う。そうなると、国の将来どうなるんだろうと、成人式の時に政治家の言っていることを聞いてみたいという気持ちにもなるんですよ、という二十歳前後の地元の若者もいました。私は二十歳の若い人たちに国の将来を心配させるような政治というのは良くないと思います。

若者たちが、国の将来をあまり心配しなくていいようにするためには、2つの問題に早急に取り組まなければならないと思います。一つは当面する景気をどうするか、2番目は、この国の将来ビジョンを明示することです。2つは密接に関連しており、国の将来ビジョンで国民の間にコンセンサスと確信が生まれたとき、国民は安心して財布の紐を緩めるようになると思っています。


■ GNP500兆円のうち公共事業はわずか40兆円に過ぎない

日本の経済規模は500兆円と言われます。政治家は、この数字の中身を抜きに景気対策を論議したがるが、今こそ中身を直視した議論が必要なときです。例えば景気対策というと住宅が話題になるが、住宅産業は、その中で20兆円を占めるに過ぎません。我が国は輸出でもうけていると言われますが、輸出は40兆円です。これはGDP全体から見ると8%で、20%から35%ぐらいの貿易依存率を示す韓国とか台湾とは違うのです。景気対策というと必ず出てくる公共事業は、統計には公的資本形成で、約40兆円です。このうち、国が公共事業に使っているのは9兆5,000億円、約10兆円です。残りの30兆円のうち、20兆円近くが地方自治体。あと10兆円ぐらいを鉄建公団とか、第三セクターとか、道路公団などが公的関連投資としてやっている。つまり、住宅20、輸出関連40、公共事業40、そして民間の設備投資がすべて入れて80兆円。これに対し、個人の最終消費は300兆円ですから、個人消費に火がつかなければ景気はよくなりません。もちろん景気対策として国がお金を遣って、40兆円で80兆円の設備投資に火がつき、さらに300兆円の個人消費に火がつけばいいのですが、現実はそうなっていません。


■ 個人消費を抑える2つの不安―国の将来と老後の不安

個人消費の300兆円に火がつかないのは2つの不安があるからでしょう。1つは、この国は将来だめになるんじゃないかという、国の経済と社会に対する不安。もう一つは、自分が威厳を保って最後の人生を送れるだろうかという、老後についての不安です。選挙区で50人程度の人たちと座談会を開くと、よく3つの話を聞きます。一つは「なぜみんなはモノを買わないんですか。お金はそこそこあるんでしょう」と聞いたときに出てくる「でも、物は一応そろったもの」という言葉です。冷蔵庫にしてもビデオにしてもみんなあって、最近ではMDなんてものも普及し始めている。2番目に出てくる言葉は「この国の将来は大丈夫?何かだんだん暗いことばっかり考えているから、せめて自分のお金は貯金して自己防衛したい」というものです。3番目は少子高齢化に対する不安。これからは、きんさん、ぎんさんみたいに長生きする人が増えるでしょう。だが、小学校を見ても若い人たちがどんどん少なくなっている。そうなれば息子たちも面倒を見てくれないかもしれない。老々介護などいろいろ問題があるようだからお金を貯めますと。ここで年金も何かおかしな感じだという言葉も出てきます。個人消費が増えない理由は、今いったように3つですが、特に2番と3番目の不安が強い。


■ エコノミストは年金問題を軽視

私は最近、経済学というものがどういう意味を持つのかなと、一生懸命考えています。確かにいろんなエコノミストがおり、テレビに登場し、本も書き、雑誌にも論文を書かれている。だが、私はGNPの6割に当たる内需に火がつかない根本原因は、こうした将来不安にあると思っています。しかし、年金とマクロ経済の動きについて論じているエコノミストは多いわけではありません。老後の不安の問題と、この国の景気の状況について、定性的にではなくて、定量的に数字を入れて論文を書いているエコノミストというものも余り見ません。ケインズの経済学によれば、公共投資をすれば波及効果があらわれて、景気がよくなって税収が増え財政も再建ができると言います。だが、ケインズが、国が公共事業をやれば景気がよくなると言ったとき、老後の介護問題はあったのでしょうか。イギリスの経済が、将来崩壊していくという不安があったのでしょうか。経済外的な要件が変わっているのに、昔と同じ理論というのは通用しないんじゃないのかと私は思うのです。

ですから、私は、この国の経済をどうするか政治家自身が考えなきゃいけない。エコノミストの意見を十分にお聞きしながら、しかし、選挙区でみんなが感じていることを頭の中でそしゃくして、経済政策を打っていかなければならない非常に難しい過渡期にいると思っているのです。


■ 財政難から公共事業にブレーキを掛け始めてきた地方自治体

そうした観点から注目すべき動きとして、国の予算を取りに来る陳情客が最近心なしか減ったということを多くの国会議員が言っています。私もきょう、ここに来る直前、地元のある大きな町の町長と議長と各委員会の委員長8人から陳情を受けました。道路、下水道など、色々陳情して帰ったが、そのとき「加藤代議士に陳情するときには、言葉遣いに注意してくれと県から言われました」と言っていたのです。「どういうこと」と聞くと、どうやら、余り熱心に陳情するなという意味らしいのです。一生懸命陳情して、加藤さんが本気になって国の予算がついちゃうと県負担を出さなきゃならない。それは大変だから、形だけ陳情して帰ってこいと言われたらしいのです。同じような場面は、他の議員も経験しているのが最近の動きです。

今、地方財政はものすごく逼迫しています。国はいくら借金してもいいという青天井になっていますが、地方自治体には、一般歳出に占める借金の元利払いは15%以下にしなさいという指導をしている。20%超えると赤信号で財政再建団体に転落するわけです。従って、もう限界に来たと言って、さっき言った40兆円の公共事業的なもののうち、20兆円を仕切っている自治体が公共事業にブレーキをかけ始めている。この間は東海地方のある県に行ったときに聞いた話ですが、公共事業費は去年に比べ30%ダウンだそうです。それが陳情客の足を鈍らせている。つまり、国がいくら号令かけても、公共事業というのは500兆円の中で40兆円の世界だし、その40兆円の中でも、国は10兆円だし、地方のほうが大きいんだし、そこで10%、20%、30%のブレーキがかかってきたのです。実はそんなに公共事業には頼れない現実が地方から出ているのです。


■ 石原都知事の政治的リーダーシップは高く評価されるべき

そういう中で、東京都の石原都知事が銀行に対する外形標準課税の問題を提起されました。私は、この問題を単に租税政策の話ではなくて、今後の政治プロセスの問題、国と地方の問題、そして政治家の責任感、リーダーシップの問題として真剣に受け止めなければならない、と思っています。きょうの新聞を見ると、中央の役所は、かなり反発して、後向きの反応を示しています。銀行協会も猛反対しています。他府県の知事さんたちも戸惑い、どちらかというとネガティブな反応を示しています。しかし石原知事は都の財政にすごい危機感を持っていて、このままでは東京都はつぶれてしまうという経営者的な感覚で新しい税を提案された。この提起を私は高く評価します。国や関係業界の反対を押し切るのは政治的に勇気のあることだと思います。

この提起は、もっともっと多面的に考えなければならない問題を含んでいると思っています。まず第1は地方分権の話です。政府税調も、将来は外形標準課税を導入しなければならないと考えていました。だが、今の法律では、東京都知事がやろうと思えばできるようになっていて、ガス事業や電気事業には外形標準課税、もうかろうともうかるまいが、一定の率のものはいただきますという税制になっているのです。だから石原知事は、それを今度から銀行にも適用するとき決断したわけです。これは自治体が考えることではないか、ということを政治家の中ではただ一人、自民党の亀井政調会長がコメントを出しておりました。さすが政治家らしい発言だと思います。最近、亀井さんと私は、いろんなところで意見が違って大論争しておりますけれども、この点についてはお互いに心を通じたなと、新聞を読みながら私はニコッとしたんです。それは自治体が決めればいいことなんです。私が奇異に思ったのは、全国の知事さんたちが、みんなで一緒にやろうと思っていたのに、東京だけ一歩先んじてやるんですか、という反応を示したことでした。ほかのところの反応を見きわめてということでしょうが、これでは、本当の自治の精神を持っておられないということだと思います。自治省にまとめていただいて、全員で外形標準課税に行こうと思っていたのに、東京都だけに先んじられては困りますというのは横並びであって、中央に指導していただく自治を心の中に持っておるということで、ほんとうの自治ではないと言っていいでしょう。私は今回の石原知事の決断に東京都を自分の責任で考えていくという、力強い政治家精神をかいま見た気がします。それは今、国には、少し失われつつある精神と言っていいでしょう。


■ 金融機関に対する課税も一つの経営判断

それから、国から公的資金を受けて、治療中の金融界に新税をかけていいのかという議論があって、国が銀行に注ぎ込んだものを、東京都が持っていくような話じゃないかという意見もあります。これは間違いでしょう。国が入れている公的資金は、劣後債または優先株という形で、融資ないし投資しているのであって、将来は返してもらうものです。だから金融監督庁は「返してもらうつもりなのに、返済期間が遅れるのかは困る」というコメントをしておりましたが、それは一番正確なコメントなのでしょう。確かに今、国からお金を借りて治療中であるということは間違いありません。全体で1,100億円ですから、確かに大きな金額です。これで経営がめちゃくちゃに狂うというものではないんじゃないでしょうか。調子のいい時の全国の銀行の業務純益というのは、2兆円とか3兆円の世界ですから、1,000億というのは、これで本社が動くようなお金では多分ないと思います。もちろん本社を動かしたいと思う銀行に、東京都のような課税はしませんから、どうぞいらっしゃいという自治体があったとしても、私は、いいんじゃないかと思います。東京都が「健康保険で入院中だということは存じているが、日々の食費だけは自己負担してください、と言っているようなもの」といい、ある方が「ローンの重みに耐えながらマンションに入っているけれども、管理費だけはきちんと払ってくださいと、言われているようなものだ」と言っていますが、いずれも言い得て妙な表現だと思います。


■ 国政は石原都知事の投げた玉をしっかりと受け止めるべきだ

石原さんの投げたボールには、地方自治と中央官庁、役所の意見と政治家の判断、など様々な意味が込められています。石原慎太郎さんという文学界出身の政治家が投げた大きな石を前に、一部の閣僚は考えながら発言しておりましたが、役所の用意した紙を読んでいる大臣もおりました。これはまことに残念な風景です。国政が石原知事の投げた球を受け止められないでいる状況が望ましくないことは言うまでもないでしょう。私は、今、この国の将来とか、国と地方の関係とか、いろいろ本気で考えなきゃならんことの山積している時代ではないかなというふうに思います。

 

(2000年2月9日 共同通信社きさらぎ会講演より抜粋)

 


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