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加藤紘一です。
いま、一番真剣に考えているのは、私のメールにアクセスしてくれた、
あのマグマにも似たエネルギーの正体は何だったのかという点です。
私は、この2年余り全国を歩き、政治改革の必要性を訴え、
皆さんの意見もできるだけ聞き、国民の政治意識が明らかに変わってきていることを実感してきました。
だから 私は、他の政治家より国民のマグマの変化を敏感に感じ取っているという
若干の自負もありました。
でも3週間余りで100万件を超えるアクセスというのは、私の想像をはるかに超えるものでした。
多くの国民が政治の現状に不満を抱いているのは明らかです。
膨大な財政赤字を抱える国の将来に不安を抱いていることも事実でしょう。
この国の国際社会での地位の低下も気がかりです。
そんな不安、不満が加藤紘一という噴火口に向かって噴出したという解釈もできるでしょう。
私もよく理解できます。
でも私はメールを丹念に読みながら、従来の政治不信の動きとは質的に違う潮流を感じるのです。
というのは、従来の政治批判なら
「政治はもっとしっかりしてもらいたい」
「政治家は何をしているのか」
というように政治に不満をぶつけるのが一般的でした。
ところが、私に寄せられたメールの中には
「私たちにできることがあったら言って欲しい」
「私たちは政治の要求ばかりしてきた。
その結果、より多くものをもたらす政治家がいい政治家のように錯覚してきた」
「要求するだけでなく、国民も何を自分たちで引き受けるかを議論すべきだ」
「政治家は国民が負担しなければならないもの、払わなければならない犠牲についてきちんと説明すべきだ」
という意見が随分ありました。
共通しているのは政治に不満を述べるだけでなく政治批判に「自分」が入っているのです。
そこに私は、政治を他人事と見ずに「自分たちの問題」としてとらえようという新しい萌芽を感じるのです。
1961年にアメリカ大統領に就任したケネディーが就任演説で
「政治に何かをしてくれることを求めるのではなく、政治に何ができるかを考えて欲しい」
と国民に訴えたことはあまりにも有名です。
私はケネディーのように格好いいことは言えませんでしたが、この2年間
「集団主義に埋没するのではなく自立した個人が連携する社会をつくろう」
「一人一人が権利と責任を自覚する社会にしよう」と訴えてきました。
その共感の輪が徐々にではありますが、広がりつつあるのかなというのが
メールを読んだ私の最初の感想です。
そして、このエネルギーがあれば日本の改革は可能だ、という自信を持つと共に
このエネルギーを、身体を張って束ねて行くのが私の役割だと使命感を新たにしています。
皆さんは、今度の現象、この流れをどう感じておられるのでしょうか。
是非ご意見を聞かせてください。
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